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宗家(元祖)一条流がんこラーメン系
がんこラーメン系-東京ラーメン

創始者/家元:一条安雪(いちじょう やすゆき)氏
一条安雪氏-家元by池袋 一条安雪氏-家元by神保町
「新一条流がんこラーメン@池袋」時代の家元(左)、「覆麺 智@神保町」の厨房に立つ家元(右)。

一条安雪氏-「ふわふわ@四谷三丁目」にて
「ふわふわ@四谷三丁目」の厨房に立つ家元。

がんこラーメンとは
宗家(元祖)一条流がんこラーメン総本家及び弟子のお店の呼称。
1983年(昭和58年)1月5日創業。創業地は、豊島区高田、高戸橋の近く。
創業者は、一条安雪氏。
○ラーメン界の一大勢力の一つが「がんこ系」。
○牛骨スープに、魚介だしの効いた塩分高めのスープ。
○「アッサリ」と「コッテリ」を背脂の量で、調整する。
がんこスペシャルの日や悪魔の日というイベントを月1回開く。

家元とは
○白のランニングに作業ズボン、首からタオルを提げるスタイル。
○自分の店が軌道に乗ると、新弟子に店を譲り、新たなラーメン創作のため、食材探しの旅に出る。
○気さくで闊達(かったつ)な家元。調理の合間にも豊富な話題で客とのコミュニケーションを図る。
一条安雪氏・家元-店頭にて
「覆麺 智@神保町」の店頭で、一服しながら客と談笑する家元・一条安雪氏。

座右の銘
「きょうも又、咲くか咲かぬか我がスープ、咲かせて見せようがんこ花。」

ラーメン、日本そばの三原則
一.麺は硬めに限ります!
一.スープはダシの効いたしょっぱめに限ります!
一.スープは熱めに限ります!

お店の特徴
○家元が厨房に立つ店が、総本家とされている。
○黒っぽい外観
○店名表示がないことが多い。
○営業中であることの目印は、「牛頭骨」がぶら下げられていること。
○弟子の店では「ゲンコツの部分」となる。

ラーメンの特徴
スープ…牛骨スープの塩と醤油。しょっぱめ。
…中細縮れ麺。
…大判のバラロールチャーシュー2枚、海苔、メンマ、刻みネギ、焦がしネギ。
※“焦がしネギ”は、「喜楽@渋谷」の”揚げ葱”にヒントを得て、家元が考案し、世に広めた。
家元・一条安雪氏の経歴
1947年(昭和22年)2月5日、宮城県白石市に生まれた。

仕事を転々とした亡き父の安男氏に連れられ、神奈川県や都内に移り住む。
高校卒業後、2年制の「呉竹鍼灸学校」に通い、在学中より、サウナでマッサージの仕事を始める。
以前、器械体操をしていたこともあって、ウエートリフティングをこの頃より始める。
体重60kgで、147.5sを揚げ、当時の世界5位の記録を出した。

その後、父と同様に横須賀、横浜と勤め先を転々とする。
同じくマッサージ師の仕事をしていた喜恵子夫人と知り合い、27歳で結婚。
六本木で「ホグレッタマッサージ院」を開く。
医院長名は「肩腰楽太郎(=一条安雪)」。

初めてラーメンを作ったのは高校3年の時。
2度目は20歳の時。
27歳まで、仕事をしながら独学でラーメンの研究を続けた。

29歳の時、衛生管理士の免許を取り、夫人の故郷札幌の丸山公園で看板のないラーメン店を開店。
廃車になったワゴン車を店に仕立て、駐車場で営業した。
この当時としては稀な化学調味料を使わない「無化調ラーメン」だった。
半年後に、香味油で大やけどを負って閉店。

31歳の時、東京に戻りサウナのマッサージの仕事に戻る。
そのサウナは後に閉鎖。

1982年(昭和57年)の秋、35歳でがんこの基盤となるお店を高田馬場の高戸橋近く(大正製薬の前)で開業。
昼は丼、夜にラーメンを提供していた。
昼間の「安兵衛丼(堀部安兵衛にちなんだ)」というマグロのたたきをのせた丼は好評で、夜に出したラーメンは不評であった。

家元のラーメンの原点には、2つのラーメンの存在がある。
1つめは、少年時代住んでいた家の隣にあった中華料理屋の支那そば。
親切な店主が、腹を空かせた一条少年に週2回ぐらい大盛のラーメンの差し入れをしてくれた。
2つめは、父親の作ったラーメン。
戦争中、満州で従軍していた父親が、現地で覚えてきたラーメンを月に一度ぐらい、家族に振舞ったもの。
それは、今の「悪魔」の原型とも言える一杯。

札幌時代に提供していたのは、1つめの支那そば。
人に認めてもらった初めてのラーメン。
それでは、「親父の味の方はどうか」ということで、高戸橋時代の夜の部で2つめのラーメンを出した。
ところが、自分が旨いと思っていたラーメンが意外にも不評。
客の評判も一向に良くならず、このまま引き下がるのは納得できないと考えた。
そこで、新橋の居酒屋などに行き、若者の好きな味を探るべく色々なメニューを注文して、味の研究をした。
その中で、焼肉屋にある「テールスープ」に着目。
牛テールは高価で採算が合わないので、試作を重ねて、牛骨スープにたどり着く。
豚の背脂、焦がしネギなどを入れ、がんこラーメンのスタイルを確立した。

1983年(昭和58年)1月5日、同じ場所でラーメン専門店として再開。
その名は「ラーメン道場」。
口コミで広まり、1ヶ月で行列が出来始め、半年で1日150食の行列店となる。
行列店となるが、元来忙しいのが苦手な家元は、忙しさに嫌気が差し、何の前触れもなく店を閉めた。

閉店後、再開を望む声が延々と続く。
その反響の凄さに再開を決意した家元。
それに先立ち、今まで以上に客が増えずに商売をする方法を考えた。
それは、常連さんを中心とした「会員制」のラーメン屋。
目立たないように、店の看板と壁を黒く塗りつぶし、窓にはカーボン紙を貼った。
ただ、「営業中」か「支度中」か客が判断できないと考え、店先に牛骨をぶら下げてわかるようにした。
看板がないので店名もなかったが、常連から「がんこラーメン」と呼ばれ、それが自然と店名になったという
。これが「がんこラーメン」の始まりで、1983年(昭和58年)8月1日のことである。
後に、類似店が増えてきたため、家元が暖簾分けをした「がんこのれん会」の会員店が、「元祖一条流がんこ」と名乗り区別をしている。
また、「会員制」も3年間で、会員数が2万人を超えたためやめた。

高田馬場・高戸橋(大正製薬前)の店は、3年間営業し、弟子(がんこ十六代目)に譲って、引退。
1986年(昭和61年)から1992年(平成4年)までの5年間、他の仕事をする。青砥(3年間)に新たに店を構え復活を果たす。
それ以後、総本家は新宿内藤町(2年間)、西早稲田、早稲田、池袋……と場所を移している。

店名は元々通称であったが、当初の「元祖」から「宗家」に変わり、『早稲田店』の暖簾には「宗家一条流がんこラーメン総本家」と書かれるようになった。
画数が多いからという理由らしい。
しかし、池袋では「元祖一条流がんこラーメン」の屋号を暖簾に掲げている。

2007年(平成19年)4月10日にオープンした「新一条流がんこラーメン」は、元居酒屋の居抜きで、カウンター5席とかなり狭いスペース。
店長の土居ルイス氏と二人で切り盛り。
早稲田時代からのファンも通うが、新たなファンも増え、長い行列が出来る日も多くなった。
1年後の2008年4月より、家元はまた旅に出た。
その後、店長の土居氏は、数々の創作限定メニューを提供し、池袋で確固たる地位を築いた。

2008年(平成20年)7月24日、神田神保町にオープンしたのが、「覆麺」。
店頭には「覆面」をかぶせたオブジェを飾り、店内に入ると「炎のファイター〜INOKI BOM-BA-YE〜(猪木ボンバイエ)」の音楽が、エンドレスで流れる。
厨房に立つのは、それぞれ黒い覆面と白い覆面をかぶった男2人。
言うまでもないが、黒い覆面をかぶっているのが家元の一条氏。
「アンガーラ」を始め意味不明の言葉を話し、正体不明を装っていた。
マスメディアにも取り上げられて、限定メニューを提供する日には、大行列が出来るようになった。

2010年(平成22年)4月19日、店名の「覆麺」を「覆麺 智」と変更。同時に覆面を脱ぎ、素顔を見せて厨房に立つようになった。

2011年(平成23年)4月23日、「ふわふわ@四谷三丁目」オープン。
一条家元と元がんこ六代目の横関隆守さんが厨房に立つ。
グランドメニューは、卵を使ったラーメンとつけ麺をメニューの柱にするので、屋号は「ふわふわ」と命名。
2011年7月20日、正式名を「ふわふわ」から、「一条流がんこラーメン総本家」に改称。
元祖一条流がんこラーメン総本家の変遷

高田馬場・高戸橋時代(3年間)
1983年(昭和58年)8月1日、この地で総本家創業。
 ↓
青砥時代(3年間)
 ↓
新宿内藤町時代(2年間)
 ↓
西早稲田時代
2001年12月、小川充也氏に託す。
 ↓
早稲田時代
2002年2月、こっそりと都電荒川線早稲田駅前に新店「宗家一条流がんこラーメン総本家@早稲田」を開き、途中から、弟子の指村氏に店を任せ、家元は静岡県の「ベンガラ横丁@浜松・閉店」へ出向く。
ところが、店長の指村氏が独立のため早稲田のお店は2007年1月30日に閉店。
 ↓
池袋時代
2007年4月10日、「宗家一条流がんこラーメン 池袋店」がオープン。
2007年7月下旬より、今までの味を替えて、創業当時の高戸橋時代の味を提供するようになった。
これは、当時「自分が旨いと思った味」だったが、不評だったものである。正にリベンジ。
2008年4月より、家元はまた旅に出た。
 ↓
神保町時代
2008年7月24日、「覆麺@神保町」がオープン。「がんこラーメン」、「総本家」をまだ名乗ってはいない。
2010年4月19日、店名変更「覆麺 智@神保町」になる。
 ↓
四谷三丁目時代
2011年4月23日、「ふわふわ@四谷三丁目」がオープン。がんこ六代目の横関隆守氏と開業。
2011年7月20日、「一条流がんこラーメン総本家@四谷三丁目」に改称。
宗家一条流がんこラーメン暖簾会(2015年現在)
一条流がんこラーメン創始者
家元 一条安雪
宗家直系
- 通称・店名 店主・店長 住所・備考
家元 総本家-直参-
一条流がんこラーメン総本家@四谷三丁目
一条安雪
横関隆守
東京都新宿区舟町4-1 メゾンド四谷106
初代 あすなろ 山中あいこ -独立-
二代目 「クレープBON」
(土曜のみラーメン提供)
伊藤良治 福井県福井市順化2-22-5
三代目 府中/-本家預かり- 加瀬雅健 -廃業-
四代目 - - -忌嫌数につき欠番-
五代目 三田・店名なし - -独立-
六代目 青砥/-本家預かり- 横関隆守 -閉店- →一条流がんこラーメン総本家@四谷三丁目
七代目 高円寺・-本家預かり- 新保正活 -閉店(2006年1月)-
八代目 末広町・「宗家一条流がんこ八代目」 北沢邦男 東京都千代田区外神田3-7-8
九代目 - - -忌嫌数につき欠番-
十代目 「勇@新橋」-独立-  張替正行 -閉店(2007年5月31日)-
十一代目 行徳 三田穀 千葉県市川市行徳駅前2-21-22
十二代目 本郷/-本家預かり- 片平修 -閉店(2007年10月31日)-
十三代目 松戸/-本家預かり- - -廃業-
十四代目 - - -忌嫌数につき欠番-
十五代目 市川>両国>亀戸/-本家預かり- 田中勤 -閉店-
十六代目 高戸橋/高田馬場 高柳冬樹 -閉店-
十七代目 「玉シャモらうめん田@上福岡」 - 17代目→-直系分家-「麺屋 田」→「玉シャモらうめん田@上福岡」閉店
十八代目 十八代目>「いちや@江古田」他 土屋良治 -独立-全国に20店舗以上の支店を展開
十八代目 「がんこラーメン十八代目@なんば」 松由晃一郎 大阪府大阪市中央区難波千日前10-13
直系分家
店  名 住  所 店主 備  考
あすなろ 東京都世田谷区等々力4-13-22 山中あいこ
山口椎充?
創業の地、高戸橋で修行後、独立。
福福 東京都世田谷区奥沢6-22-13 中村一志
田谷佳行(2)
あすなろで修行後、独立。今は2代目店主。-廃業-
麺屋 田 埼玉県上福岡市上福岡5-1-9 - -閉店-元十七代目
きくちひろき 埼玉県熊谷市本町2-125 菊池広記 店主の名前が屋号
雅(みやび) 福井県福井市栂野町22-6 福田雅嘉 二代目分家
直系二代目
店  名 住  所 店主 備  考
八代目直系
溝口
神奈川県川崎市高津区溝口3-1-12 高橋章 八代目直系分家→移転「味輝拉」
八代目分家
味輝拉
神奈川県川崎市高津区溝口1-12-10 高橋章 八代目直系分家
2004年6月26日創業/2011年脱会
八代目直系
町屋店
東京都荒川区町屋1-5-8 市川智明 2005年11月3日創業
八代目直系
小滝橋店
東京都新宿区上落合2-25-2 長森健一 2005年12月5日創業/-廃業-
十一代目直系
二代目
東京都江東区千田21-6 尾松英明 -独立-現「盛(Sakari)」
十一代目分家
のまい
東京都葛飾区堀切3-13-12 井上達弘 2002年7月-閉店-
十一代目分家
盛壱
千葉県船橋市習志野台5-11-8 井上達弘 -
十一代目直系
吉三郎
千葉県鎌ヶ谷市東道野辺6-1-55 日高吉三郎 -
十一代目分家
がんこ葛西店
江戸川区南葛西2-3-2 尾松英明 -閉店-
もりひで 江戸川区南葛西2-3-2 尾松英明 -閉店-がんこ葛西店→もりひで
十二代目直系
大塚店
東京都豊島区北大塚2-27-9 石田博巳 2008年7月19日-閉店-
十二代目直系
石田家
東京都豊島区北大塚2-27-9 石田博巳 昼はラーメン、夜は立ち飲み
十五代目分家
清丸
千葉県船橋市東船橋4-19-28 - -閉店-
総本家客分
店  名 住  所 店主 備  考
西早稲田店 東京都新宿区西早稲田3-15-7 小川克也 元祖一条流がんこ総本家客分
宗家一条流がんこラーメン 池袋店 東京都豊島区東池袋1-13-12 土居ルイス 元祖一条流がんこ総本家客分
虎の食卓 東京都千代田区神田須田町2-12-5 土居ルイス 元祖一条流がんこ総本家客分
本家分店 神奈川県相模原市宮下本町2-9-13 家元・実弟
一条 修
元祖一条流がんこ総本家・分家・-閉店-
目黒店 東京都品川区上大崎2-16 - 元祖一条流がんこ総本家客分・-閉店-
小樽店 北海道小樽市港町6-5・小樽食堂内 - 元祖一条流がんこ総本家客分・-閉店-
 覆麺 智  東京都千代田区神田神保町2-2 及川智則   元祖一条流がんこ総本家客分
独    立
店  名 住  所 店主 備  考
名前のない店 東京都港区芝5-25-2 - 元五代目-2006年3月22日閉店-
その後、餃子を中心としたお店で復活
東京都中央区銀座8-15-6 張替正行 元十代目-閉店(2007年5月31日)-
いちや 東京都練馬区栄町4-3 土屋良治 元十八代目・いちや環七高円寺店他
楓林 東京都葛飾区新小岩1-48-16
→江戸川区松江3-15-5
- -閉店-
盛(Sakari) 東京都江東区千田21-6 尾松英明 十一代目の「行徳」より、分離独立
盛 両国店 東京都墨田区両国2-12-3
CUBIA1F
小笠原盛幸
 八代目分家
味輝拉
神奈川県川崎市高津区溝口1-12-10  高橋章 八代目直系分家
2004年6月26日創業/2011年脱会・独立

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